麻布十番総合法律事務所
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新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言とその後の措置 2020年3月31日

1.自粛の要請
 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっています。東京都からはテレワークが推進され,夜間や休日の不要不急の外出の自粛が要請されるなど,国民生活に大きな影響を及ぼしています。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐには,密閉された空間,多くの人が密集した場所,密接な距離での会話や発声の「3つの密」を避けることが重要とされていることから,都民は,ライブハウスやカラオケボックス,バーやナイトクラブに行くことを控えるよう要請されています。
 感染症の拡大を防ぎ,国民の生命を守るには,行政が国民の移動の自由を制限することが必要です。強制的に国民に何かを強いるには,法律の定めが必要となります。例えば自動車運転事故を起こした人に対する「運転免許の停止処分」の場合は道路交通法,飲食店に対する「営業停止処分」には食品衛生法といったように,行政庁の処分は必ず法律の根拠に基づいて行われます。
 現在,都などから行われている「自粛の要請」は,あくまでお願いですので,法律に基づく処分ではありません。したがって,法律的には,夜間飲み歩いても違法ではありません。もっとも,わが国の国民性から,自粛要請が任意のものであっても,多くの人が従っていることと思います。
 

2.新型インフルエンザ等対策特別措置法とその改正
 このように都からの自粛の要請は任意のものであることから,これに従わない人が出ることとなります。特に新型コロナウイルスは,感染しても無発症の患者も多いと言われていることから,そのような人が外出し,無自覚に感染を拡大している患者も多くいることでしょう。任意のお願いでは感染拡大を防げないとなると,行政は,法律に基づいた処置を行うこととなります。
 感染症拡大防止のための措置を行うのに整備されている法律の一つに,「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(平成24年法律第31号)があります(以下,「新型インフルエンザ特措法」と言います。)。もともと,「新型インフルエンザ等」,すなわち「新型インフルエンザ」,「再興型インフルエンザ」,「新感染症」(新型インフルエンザ特措法2条1号)の感染を防止し,国民の生命や健康を保護するために制定されていました。
 今回の新型コロナウイルス感染症については,令和2年3月13日,「新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律」(令和2年法律第4号)が成立し(以下,「改正新型インフルエンザ特措法」と言います。),新型コロナウイルス感染症に関する特例が設けられました(新型インフルエンザ特措法附則1条の2)。
 これによると,「新型コロナウイルス感染症」とは,病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和2年1月に,中華人民共和国から世界保健機関に対して,人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるもので限る」とされています。この「新型コロナウイルス感染症」については,「新型インフルエンザ等」(新型インフルエンザ特措法2条1号)とみなして,新型インフルエンザ特措法やこれに基づく命令を適用すると定めています(新型インフルエンザ特措法附則1条の2第1項)。
 新型コロナウイルス感染症について,新型インフルエンザ特措法等を適用する期間は,改正新型インフルエンザ特措法の「施行の日」から起算して2年間を超えない政令で定める日です。改正新型インフルエンザ特措法の「施行の日」は,公布の日の翌日と定められていますので(改正新型インフルエンザ特措法附則),改正新型インフルエンザ特措法の成立した令和2年3月13日(公布の日)の翌日の令和2年3月14日となります。平たく言えば,令和2年3月14日からおよそ2年間,令和4年3月頃までは,新型コロナウイルス感染症に関して,新型インフルエンザ特措法を適用して命令が出せるということになります。
 

3.新型コロナウイルス感染症の発生と対策本部の設置
 新型コロナウイルス感染症が発生したときは,厚生労働大臣は,発生した旨や発生した地域を公表する義務があります(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律44条の2第1項)。この公表の際に,厚生労働大臣は,内閣総理大臣に対し,当該新型インフルエンザ等の発生の状況,当該新型コロナウイルスにかかった場合の病状の程度その他の必要な情報の報告をしなければなりません(新型インフルエンザ特措法14条,附則1条の2第1項)。厚生労働大臣の報告を受けた内閣総理大臣は,原則として,閣議にかけて,臨時に内閣に新型コロナウイルス感染症の「対策本部」(政府対策本部)を設置します(新型インフルエンザ特措法15条1項,附則1条の2第2項)。政府対策本部長は,内閣総理大臣です(新型インフルエンザ特措法16条1項,附則1条の2第1項)。政府制作本部は,新型コロナウイルス感染症への基本的な対処の方針を定めます(新型インフルエンザ特措法18条1項,附則1条の2第1項)。
 政府対策本部が設置されたときは,都道府県知事は,直ちに都道府県対策本部を設置しなければなりません(新型インフルエンザ特措法22条1項,附則1条の2第1項)。
 

4.緊急事態宣言
 政府対策本部長(内閣総理大臣)は,新型コロナウイルス感染症が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるときは「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言」を行い,国会に報告します(新型インフルエンザ措置法32条1項,附則1条の2第1項)。
 「政令で定める要件」とは,①調査の結果,新型コロナウイルス感染症の患者等が,新型コロナウイルス感染症に感染し又は感染したおそれがある経路が特定できない場合か,②調査の結果,新型コロナウイルス感染症の患者が,新型コロナウイルスを公衆にまん延させるおそれがある行動をとっていた場合その他の新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由のある場合です(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令6条2項)。なんともわかりにくいですが,かみ砕いて言うと,新型コロナウイルス感染症の①感染経路が不明な場合と,②感染が拡大すると思われる十分な理由があるときです。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言は,新型コロナウイルス感染症緊急事態が発生した旨のほか,新型コロナウイルス緊急事態措置を実施すべき区域,新型コロナウイルス感染症緊急事態の概要を公示する方法によって行います(新型インフルエンザ措置法32条1項,附則1条の2第1項)。
 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言がなされたときは,市町村長は,市町村対策本部を設置しなければなりません(新型インフルエンザ特措法34条1項,附則1条の2第1項)。
 

5.都市封鎖(ロックダウン)の法律上の根拠
 新型コロナウイルス感染症緊急事態においては,その区域の都道府県知事は,国民の生命健康の保護等のため必要なときは,住民に対し,生活の維持に必要な場合を除きみだりに自宅等から外出しないことその他の感染防止に必要な協力を要請することができます(新型インフルエンザ特措法45条1項,附則1条の2第1項)。
 さらに,学校,社会福祉施設,興行場(映画,演劇,音楽,スポーツ,演芸又は観せ物を,公衆に見せ,又は聞かせる施設(興行場法1条1項)),集会場,公会堂,展示場,百貨店,物品販売業を営む店舗,ホテル,旅館,体育館,水泳場,ボーリング場等,博物館,美術館,図書館,キャバレー,ナイトクラブ,ダンスホール等,理髪店,質屋,貸衣装屋等,自動車教習所,学習塾の管理者等に対し,使用や催物の開催の制限や停止などの措置を求めることができます(インフルエンザ特措法45条2項,附則1条の2第1項,新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令11条12条)。施設管理者等が正当な理由なくこの要請に応じないときは,知事は,新型コロナウイルス感染症のまん延を防止し,国民の生命及び健康を保護し,並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り,この要請にかかる措置を講ずべきことを指示することができます(新型インフルエンザ特措法45条3項)。
 したがって,緊急事態宣言後においても,知事は,住民への外出しないことやその他の協力の「要請」の他,大規模な施設管理者に対して,使用を制限する指示しかできないこととなります。
 いわゆる「都市封鎖(ロックダウン)」は,当該地域への人の立ち入りや企業活動を禁止することをいいます。今述べたように,現行法では一律に立ち入りを禁止することや企業活動を禁止することはできませんので法的な意味での「都市封鎖」はありえないことになります(任意に行うことはありえます)。